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東工大ニュース

力を受けると蛍光性分子を放出する有機過酸化物を開発

圧縮すると蛍光を発する高分子フィルムに展開

公開日:2021.10.22

要点

  • 力を受けると蛍光性の低分子を放出する有機過酸化物を開発
  • 蛍光性がない分子骨格から蛍光性分子を放出するメカニズムを解明
  • 開発した有機過酸化物を利用した力学応答性高分子材料の作製に成功

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大塚英幸教授とLu Yi(ルー?イー)大学院生(博士後期課程3年)らの研究グループは、相模中央化学研究所の巳上幸一郎主任研究員(研究当時)と杉田一特任研究員(研究当時)と共同で、力を受けると蛍光性分子を放出する有機過酸化物の開発と、それを利用した力を受けると蛍光を発する高分子フィルムの作製に成功した。

プラスチックやゴムに代表される高分子材料は、私たちの生活にとって欠くことのできないものである。近年、より安心?安全な高分子材料の設計に向けて、どの程度の力が高分子にかかっているかを可視化できる新素材の研究開発が精力的に行われており、応力検知、破壊機構の解明、危険予知、寿命予測などへの応用が期待されている。一方、有機過酸化物は、他の共有結合よりも弱い-O-O-結合を有する不安定な有機物であり、その結合切断によって生成する反応活性種を利用した反応は、有機化学や高分子化学分野で頻繁に利用されている。

本研究で開発した有機過酸化物は、高温でも安定であると同時に、すり潰しや圧縮などの力に対して選択的に応答性を示し、高感度に検知可能な蛍光性の分子骨格を放出する。その放出メカニズムは、さまざまな対照実験と分析技術、さらには計算化学を駆使して解明された。この有機過酸化物は高分子材料中に簡便に導入でき、得られた高分子材料でも圧縮による蛍光性分子の放出によって力を可視化することに成功した。

なお、本研究成果は米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society誌」に10月5日付けでオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出された。

背景

プラスチックやゴムに代表される高分子材料は、加工が容易で、軽量かつ柔軟といった特性があることから、私たちの生活に必要な製品に使用されており、広く普及している。近年、より安心?安全な高分子材料設計に向けて、どの程度の力が高分子にかかっているかを可視化できる新材料の研究開発が精力的に行われており、高分子材料の応力検知、破壊機構の解明、危険予知、寿命予測などへの応用が期待されている。

研究グループは、こうした次世代機能をもつ高分子材料の設計に利用可能な機能性分子骨格として、有機過酸化物に着目した。有機過酸化物とは、一般的な共有結合よりも結合解離エネルギー[用語1]が低い-O-O-結合を有する有機物(R-O-O-R)である。この結合の切断によって生成するラジカル[用語2]と呼ばれる反応活性種(R-O·)が関与する化学反応は、有機化学や高分子化学分野で頻繁に利用されている。本研究では、有機過酸化物中の-O-O-結合の周囲にベンゼン環やフルオレン骨格[用語3]を適切に配置することで、化合物が安定化することに加えて、力学的な刺激によって蛍光性が発現することを見出し、そのメカニズムの解明を目指した。さらに力学応答性分子骨格としての有用性と、高分子材料への展開の可能性を検討した。

研究成果

今回、大塚教授らのグループは、-O-O-結合の周囲にベンゼン環やフルオレン骨格を適切に配置した有機過酸化物(図1A)を合成し、この分子骨格をボールミル[用語4]処理によってすり潰すと、蛍光性の分子である9-フルオレノン(図1A)が放出されることを実験的に明らかにした(図1B)。また、さまざまな対照実験や分析技術、さらにはDFT計算[用語5]を駆使して、この蛍光性分子放出のメカニズムを解明することに成功した。

図1 (A)本研究で開発した有機過酸化物と9-フルオレノンの分子構造、(B)有機過酸化物粉末のボールミル処理前後の写真(下段は365 nmの紫外光照射時)
図1
(A)本研究で開発した有機過酸化物と9-フルオレノンの分子構造、(B)有機過酸化物粉末のボールミル処理前後の写真(下段は365 nmの紫外光照射時)

解明されたメカニズムを踏まえて、開発した有機過酸化物骨格を網目状高分子[用語6]へ導入することを検討した。その結果、高分子合成に頻繁に利用されているラジカル重合法[用語7]を用いれば簡便に導入できることが明らかとなった。これにより得られた有機過酸化物骨格を有する網目状高分子に対してボールミル処理を行ったところ(図2)、時間の経過とともに蛍光強度の上昇が観測された(図3A)。さらに、高速液体クロマトグラフィー測定[用語8]により、すり潰し後のサンプル中に9-フルオレノンが検出され、時間の経過とともに生成量の増加が確認された(図3B)。

図2 有機過酸化物骨格を有する網目状高分子から9-フルオレノンの放出
図2
有機過酸化物骨格を有する網目状高分子から9-フルオレノンの放出
図3 (A)有機過酸化物骨格を有する網目状高分子をボールミル処理した後の固体蛍光スペクトル変化(時間はボールミル処理時間)、(B)ボールミル処理後の溶媒可溶部の高速液体クロマトグラフィーのクロマトグラム(増加しているピークは9-フルオレノン由来)
図3
(A)有機過酸化物骨格を有する網目状高分子をボールミル処理した後の固体蛍光スペクトル変化(時間はボールミル処理時間)、(B)ボールミル処理後の溶媒可溶部の高速液体クロマトグラフィーのクロマトグラム(増加しているピークは9-フルオレノン由来)

さらに、同じ網目状高分子フィルムを別に作製し、これに図4のようにH型の金属片を強い力で押し付けると、圧縮された部分からのみ蛍光分子が放出されることも確認された。有機過酸化物骨格を高分子に混合しただけのサンプルでは、同様の蛍光は観測されなかったことから、高分子骨格中に有機過酸化物骨格が直接連結されることで、分子鎖を介して有機過酸化物骨格に力が効率的に伝わり、蛍光性分子の放出に繋がったものと考えられる。

図4 有機過酸化物を導入した高分子フィルムにH型の金属片を押し付ける実験の模式図と圧縮前後の写真(それぞれ右側の写真は365 nmの紫外光照射時)
図4
有機過酸化物を導入した高分子フィルムにH型の金属片を押し付ける実験の模式図と圧縮前後の写真(それぞれ右側の写真は365 nmの紫外光照射時)

得られた高分子フィルムを100 ℃に加熱しても蛍光性を示さなかったことから、今回開発した有機過酸化物は力学的な応答性だけでなく、十分に高い熱安定性も有することが確認された。

今後の展開

これまで有機過酸化物は、その構造中の-O-O-結合の切断によって生成する反応活性種を利用した反応が、有機化学や高分子化学分野で数多く利用されてきた。今回、力学的な刺激によって蛍光性分子を放出する力学機能性を開拓できたことで、蛍光性分子のみならず、機能性分子(香料や薬剤など)の放出という有機過酸化物の新たな用途を探索できる可能性が示された。また、今回開発した有機過酸化物は、その優れた熱安定性からさまざまな高分子に簡便に導入できる。今後は、この新たな高分子材料設計アプローチがどの程度の汎用性をもつかを検証するとともに、本研究の成果を基盤として、高分子材料設計の新戦略に関する学術研究も加速させていく。

付記

本成果は、以下の事業?研究領域?研究課題によって得られた。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 :
「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三 東京大学 教授)
研究課題名 :
「動的共有結合化学に基づく力学多機能高分子材料の創出」
研究代表者 :
大塚英幸 東京工業大学 教授
研究期間 :
2019年10月~2025年3月

用語説明

[用語1] 結合解離エネルギー : 特定の共有結合を切断するのに必要なエネルギー。

[用語2] ラジカル : 不対電子(電子対にならない電子)を持つ原子や分子。

[用語3] フルオレン骨格 : 右に示す化学構造を有する芳香族系の有機分子骨格。

フルオレン骨格

[用語3] フルオレン骨格 : 右に示す化学構造を有する芳香族系の有機分子骨格。

フルオレン骨格

[用語4] ボールミル : 微細な粉末を作る装置で、金属などの硬質のボールと、対象となる材料を容器にいれて回転あるいは振動させることで、材料をすり潰す。

[用語5] DFT計算 : 化学で用いられる計算手法の一種。密度汎関数理論に基づく。

[用語6] 網目状高分子 : 高分子鎖が互いに連結された三次元構造を有する高分子で、力を加えると特定の場所に力が集中しやすいという特徴がある。

[用語7] ラジカル重合法 : 高分子を合成するための代表的手法の一つで、反応活性が高い中性ラジカル種を成長末端とする方法。

[用語8] 高速液体クロマトグラフィー測定 : 分析対象となる物質を溶媒(移動相)に溶解し、高圧下でカラム(固定相)中を流すことで、物質と固定相との親和力の違いから流出時間が異なることを利用して高感度分析を行う測定。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Mechanochemical Reactions of Bis(9-methylphenyl-9-fluorenyl) Peroxides and their Applications in Cross-Linked Polymers
著者 :
Yi Lu, Hajime Sugita, Koichiro Mikami, Daisuke Aoki, and Hideyuki Otsuka
(Lu Yi、杉田 一、巳上 幸一郎、青木 大輔、大塚 英幸)
DOI :

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