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東工大ニュース

新たな眼の難治疾患を発見

mRNA形成の障害によっておこる多彩な眼の先天形成異常

公開日:2023.05.25

要点

  • 多彩な眼の先天形成異常を示す大家系で、さまざまな遺伝子の発現を制御するIntegrator complex subunit 15(INTS15)遺伝子の変異を同定しました。
  • この疾患をvariable panocular malformations(VPM)と名付けました。
  • ノックアウトマウスを作製したところ、ヒト疾患と類似の表現型を示しました。
  • INTS15遺伝子の働きを止めると細胞は死に至り、生命維持に重要な遺伝子であることがわかりました。
  • 分子生物学的解析によって、INTS15遺伝子はDNAからmRNAの形成段階でmRNAのsplicingに働くことがわかりました。
  • iPS細胞を用いた目への分化誘導実験によって、INTS15の働きが低下すると眼や脳の形成が阻害されることがわかりました。
  • INTS15遺伝子は眼の形成だけでなく、脳などの他の臓器の形成にも関与していると考えられます。INTS15遺伝子が正常に働かないと、ことに眼のような複雑な構造をもつ臓器で多彩な臨床像をもつ疾患(VPM)が起こすと考えられます。
  • mRNAの形成障害によって起こる先天形成異常の仕組みの一端が明らかになりました。

概要

東京医科歯科大学 難治疾患研究所 発生再生生物学分野の東範行博士(前?国立成育医療研究センター病院眼科診療部長?研究所視覚科学研究室室長)と仁科博史教授の研究グループは、国立成育医療研究センター分子内分泌研究部の深見真紀部長、システム発生?再生医学研究部の高田修治部長、東京工業大学 生命理工学院の山口雄輝教授らとの共同研究で、多彩な眼の先天形成異常を示す新たな疾患を見いだし、その原因がmRNA の形成に関わる遺伝子の突然変異によって、mRNA形成の仕組みが阻害されることを明らかにしました。当研究所の目的である難治疾患の原因解明と治療において、新しい眼の難治疾患が見つかり、新たな発生機転が明らかになったことは大きな意義があります。

なお、本研究はJSPS基盤研究A(17K19738)、AMED難治性疾患研究事業(17ek0109217h0001)、成育医療開発研究(28-2)(いずれも研究代表者 東範行)等の支援により行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Human Molecular Geneticsに、2023年3月27日午前10時(英国夏時間)オンライン版で発表されました。

背景

眼や脳はさまざまな組織で構成される複雑な臓器です。さまざまな遺伝病がありますが、特定の機能をもつ遺伝子に異常が起る場合が多く、その場合は特定の組織や機能が障害されます。1つの遺伝子が1つだけ機能を持つ場合はこのような限局的な障害が起こるのですが、1つの遺伝子が多彩な機能をもつことがあります。遺伝子は蛋白の設計図であり、通常は1つの遺伝子から1種類の蛋白が作られるのですが、複数の蛋白が作られることがあります。蛋白が作られるには、遺伝子DNAから情報を読み取ってmessenger RNA(mRNA)[用語1]が作られ、この情報に沿って蛋白の構成成分であるアミノ酸が連結し、蛋白になります。このmRNAが作られる際に、RNAの必要な部分から不要な部分を切り取る作業(mRNA splicing[用語2])が行われますが、その組み合わせが異なると複数のmRNAが作られ、複数の蛋白が作られます。これをsplicing variants[用語3]と言い、これが多ければ遺伝子の機能も多くなります。

発生期に臓器の構造が作られる場合は、時間的空間的に形作りに関わる遺伝子が働きますが、その多くはsplicing variantsを複数持っています。とりわけ、他の遺伝子の働きを司令する役割をもつ転写因子[用語4]には、多くのsplicing variantsがあります。なかでも、複雑な構造を持つ眼の形成においては、その全体を司令するmaster control 遺伝子PAX6[用語5]が存在しており、80を超えるsplicing variantsがあることが知られています。このPAX6遺伝子に異常があると、眼のさまざまな組織(角膜、水晶体、虹彩、網膜、視神経)の形成が障害され、さまざまなタイプの先天異常が起こることが知られています。

今回、本研究クループは特異的な症状を示す顕性遺伝(優性遺伝)形式の眼の先天異常家系を見いだしました。この家系ではPAX6の異常より遥かに多くの組織で多彩なタイプの先天異常が起こっていました。一般的には家系の中では同様の症状を示すことが多く、個人の左右の眼でも同様の症状であることが多いのですが、本家系では個人でも左右眼でも多彩な症状がさまざまな組み合わせで起こっていました(図1)。このような症状を示す疾患は過去に例がないので、variable panocular malformations(VPM)と名付け、原因解明の研究を行いました。

眼はさまざまな組織で構成されている。家系内あるいは個人の左右眼でも多彩な症状がさまざまな組み合わせで起こっていた。
図1. 眼はさまざまな組織で構成されている。家系内あるいは個人の左右眼でも多彩な症状がさまざまな組み合わせで起こっていた。

研究成果の概要

1. 原因遺伝子の発見

遺伝子解析を行った結果、機能未知な遺伝子の変異がみつかりました。最近になって、この遺伝子はIntegrator complex subunit 15(INTS15)と命名されました。

2. ノックアウトマウスによる原因遺伝子の証明

この遺伝子の働きが障害されるノックアウトマウス[用語6]を2系統作製しました。ヒト疾患に類維した症状がみられ、遺伝子障害が強いほど症状も強く多彩であり、原因遺伝子であることが示されました(図2)。

ノックアウトマウス(左:実体顕微鏡像; 右:組織染色像)。A. 白内障と虹彩異常(矢印)。

ノックアウトマウス(左:実体顕微鏡像; 右:組織染色像)。B. 小眼球。殆どの眼の組織に形成異常が起こっている。

図2. ノックアウトマウス(左:実体顕微鏡像; 右:組織染色像)。
A. 白内障と虹彩異常(矢印)。B. 小眼球。殆どの眼の組織に形成異常が起こっている。

3. 分子進化[用語7]と他の生物における存在

この遺伝子は、全ての動物に存在しています。植物には存在しません。

4. 体内での働き

体内の各臓器でこの遺伝子からmRNAや蛋白が作られて(発現して)いるかを検討したところ、全ての臓器で働いていました。しかし、眼と脳ではとりわけ強く働いていることがわかりました(図3)。

INTS15遺伝子は眼と脳に強く発現している。(In situ hybridization)
図3. INTS15遺伝子は眼と脳に強く発現している。(In situ hybridization)

5. 生命維持に重要な遺伝子

培養細胞の中でこの遺伝子の働きを止めたところ、細胞は速やかにアポトーシス(プログラム化された細胞の自殺)[用語8]に至りました。したがって、生命の維持に欠かせない遺伝子であることがわかりました。

6. 共同で働く遺伝子(蛋白)

細胞内でこの遺伝子産物と共同に働く蛋白を検討したところ、Integrator complex[用語9]が同定されました。Integrator complexはmRNAのsplicingにおいて重要な働きをしています。Integrator complexは14種類の小蛋白(subunit)、INTS 1-14からなると考えられていましたが、この遺伝子産物が15番目の構成蛋白であることがわかりました。

7. 遺伝子の働きの低下によるmRNA splicingの障害

細胞内でこの遺伝子INTS15の働きを低下(発現を抑制)させたところ、さまざまな遺伝子で異常なsplicing variantsが形成されました。したがって、このINTS15がmRNA splicingに重要な役割を果たしていることが証明されました。

8. 眼と脳の形成におけるINTS15の役割

細胞内でこの遺伝子INTS15の働きを低下(発現を抑制)させたところ、発生期に眼と脳の形成に関わる遺伝子、とりわけ多くのsplicing variantsをもつ転写因子に大きな影響がありました。

東研究チームは過去にヒトiPS細胞[用語10]から培養皿の中で眼と脳の細胞を作ることに成功しました。本研究グループはこの実験系を用いて、眼と脳に分化する段階でINTS15の働きを低下(発現抑制)したところ、組織の形成が悪くなり、これらの形成に関わる転写因子の働き(発現)が低下しました(図4)。

したがって、ノックアウトマウスだけでなく、培養細胞でもこのINTS15が眼と脳の形成に重要であることがわかりました。

図4 ヒトiPS細胞から眼と脳の組織分化におけるINTS15抑制の変化。左:培養細胞塊の網膜(R)と脳(B)への分化。右:細胞内の脳(上)と網膜(下)の形成に関わる遺伝子(転写因子)の発現。INTS15の発現を抑制すると網膜(R)の神経線維の形成が障害され、脳と眼の形成に関わる遺伝子の発現が抑制される(緑)。

図4. ヒトiPS細胞から眼と脳の組織分化におけるINTS15抑制の変化。左:培養細胞塊の網膜(R)と脳(B)への分化。右:細胞内の脳(上)と網膜(下)の形成に関わる遺伝子(転写因子)の発現。INTS15の発現を抑制すると網膜(R)の神経線維の形成が障害され、脳と眼の形成に関わる遺伝子の発現が抑制される(緑)。

研究成果の意義

今回、新しい疾患概念VPMが提唱され、その原因遺伝子の機能が明らかになりました。

  • 眼の全ての組織に多彩な症状(表現型)がさまざまな組み合わせで起こります。
  • 原因遺伝子はINTS15で、mRNAのsplicingに関わります。したがってINTS15は、分子生物学のセントラルドクマDNA→mRNA→蛋白の流れに関わる新規のメンバーです。
  • 眼や脳は複雑な構造をもち、発生期の形成過程で沢山のsplicing variantsをもつ転写因子が多く働いているので、INTS15は眼や脳に強く発現して、この過程に大きく関わっていると思われます。
  • 転写因子のmRNA splicingによって起こる先天形成異常の仕組みが明らかになりました。

用語説明

[用語1] messenger RNA (mRNA) : 遺伝子DNAを鋳型として作製される1本鎖リボ核酸分子。RNAポリメラーゼ酵素によって作製される。タンパク質を合成する過程で細胞内のリボソームによって読み取られ、アミノ酸配列の情報を伝達する。

[用語2] mRNA splicing : DNAの遺伝子部位には、アミノ酸配列に関わる情報(exon)と関わらない配列(intron)が交互に直列に存在する。mRNAが作製される場合に、まずDNAの全情報が転写され、その後にintron部位が切り取られてexonのみがつながる。これをsplicingと言い、spliceosomeと呼ばれる酵素が行う。

[用語3] splicing variants : mRNAが作製される場合に、直列に存在するexonの配列はさまざまに組み合わされることがある。例えば、基本的にはexon 1?exon 2?exon 3?exon 4?exon 5とつながるが、exon 2?exon 3?exon 4、exon 1?exon 3?exon 4?exon 5、exon 1?exon 5のような、さまざまな組み合わせのmRNAとなり、それに応じた複数の蛋白が作られる。これら1つ1つをsplicing variantと言う。splicing variantsが多い程遺伝子(その結果の蛋白)の機能は多彩となる。

[用語4] 転写因子 : 遺伝子から作られる蛋白のうち、細胞の核内で他の遺伝子の発現制御(オンオフの決定)に関わるものを言う。転写因子は通常、遺伝子のプロモーター部位に接着してコントロールする。発生期の臓器?組織の形成において、時間的空間的に沢山の遺伝子が発現するが、そのオンオフは転写因子が司令している。

[用語5] master control 遺伝子とPAX6 : 臓器の発生においては、沢山の遺伝子が時間的空間的に働いている。それを転写因子がコントロールしているが、複雑な構造を作るためには全体を統括するオートメーションシステムの司令塔のような遺伝子が存在する。これをmaster control 遺伝子と言い、眼ではPAX6が知られている。昆虫などでPAX6を体幹や肢等に異所性に発現すると、その部位に異所性の複眼が形成される。PAX6は眼を持つ全ての動物に存在しており、ヒトで遺伝子変異が起こると角膜、虹彩、水晶体、網膜、視神経などさまざまな組織に先天形成異常を起こす。

[用語6] ノックアウトマウス : 遺伝子の一部を削除して、ヒト疾患と類似の症状(表現型)を起こす動物実験。遺伝子の削除部位を大きくすることによって表現型が多彩になり重篤化すれば、疾患の原因遺伝子であることが示され、ことに顕性遺伝(優性遺伝)の研究に有用である。VPMでは、この遺伝子障害の程度と表現型の程度に明らかな相関が診られた。

[用語7] 分子進化 : 遺伝子DNAを構成する塩基分子の配列を比べて、生物種の近縁関係を研究する。塩基配列が異なる程、種間の隔たりが大きい。これによって、生物がどのように進化し枝分かれして来たか、分子系統樹を作ることができる。INTS15はmRNA splicingに重要な遺伝子なので、全ての動物に存在し、分子系統樹が作製された。

[用語8] アポトーシス : 細胞が死ぬパターンはさまざまあり、他からの傷害によって殺されるネクローシス、細胞自らが死を選んで細胞内のプログラム化された反応によるアポトーシスが代表的である。細胞が内部で何等かの問題を起こして生命維持が難しくなった場合は、このプログラムが働いてアポトーシスが起こる。

[用語9] Integrator complex : mRNAの作製においては、spliceosome酵素によってintronが切除されexonのみがつなげられる(mRNA splicing)。Integrator complexはspliceosomeの構成成分である非コードRNA群の合成に関わる酵素複合体で、14種類の小蛋白(subunit)から構成されると考えられていた。今回見つかったINTS 15はIntegrator complexの15番目のメンバーである。

[用語10] iPS細胞 : 体細胞へ4種類の遺伝子を導入することによって、発生初期の状態となり、さまざまな細胞に分化できる万能性を獲得した細胞。再生医療研究に使われる。本研究では、ヒトiPS細胞から眼(網膜)と脳に分化させるシステムを用いた(Tanaka T, at al. Sci. Rep. 2015;5, 8344)。

論文情報

掲載誌 :
Human Molecular Genetics(オンライン版:2023年3月27日)
論文タイトル :
Integrator complex subunit 15 controls mRNA splicing and is critical for eye development
著者 :
Noriyuki Azuma*, Tadashi Yokoi, Taku Tanaka, Emiko Matsuzaka, Yuki Saida, Sachiko Nishina, Miho Terao, Shuji Takada, Maki Fukami, Kohji Okamura, Kayoko Maehara, Tokiwa Yamasaki, Jun Hirayama, Hiroshi Nishina, Hiroshi Handa, and Yuki Yamaguchi. * corresponding author
DOI :

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